奇妙な世界に踏み込んだ・・・あるギモンが・・・P7 |
2007年07月30日 |
関わり合う内に、いつからか何となく
空虚さを感じる様になった…
霊と関わる内 確かに私は 「人としての行き方」
死を後悔せずに受け入れる為に必要な、「生を全うする」という意味。そういった事を学んではきたが、その学びがいったい何をもたらしてくれるのか、私自身の精神面での成長には大いに役立ってはいると思うが、その悟りという事柄が実際現実的な生活に何か役に立っているかというと、それは余り活かされていない様に感じ、次第にイラ立ちさえ覚え始めた。

どうして私には見えないものが見えるのか
何のイミがあって見せられるのか
自分はいったい何の為に こんな事をしているのか
存在している理由はどこにあるのか
疑問だけが日ごとふくらみ俗世的な物事ばかりを考える様になった。
「そーだ ユタになってはんじをとって生計を立てる……」とか
「霊能者とかってゆーやつになって名前が売れればテレビとかにでたりして……」とか
「ダイレクトに出家して 仏門修行しろって いってんのかなー? 子供はどーすんのよ…」などと くだらないことばかり考えていたが、私は学びというものを知ってしまっていたが為に、それが本意ではない事もすぐに気が付いた。

こういう能力を持って生まれる人間は 見えない人間よりもよほど気をつけて力の使い道を考えなければいけないのである。見える者は結してその能力に頼り傲ってはいけない、それどころか、身を挺して謙虚な姿勢を保たなければならない。
私はその事をシラミクから聞かされていた。それが 「地界の掟」 であるからだ。シラミクが私に話てくれたのはこんな事だった。

それによって起こる災は全て 己の精神の力によって超えていかなければならないもの、霊見を持つ者の中に「人助け」と称して心霊に悩む人々に金と引き換えに施しをする者がいるが、その行いは最もまちがいであり、結して己の徳とはならず、それどころか施しをされた者はますます他力を当てにし、業を解消するどころか、精神の成長を阻み魂を下落させてしまう恐れがある。
だから、そう言った行いは逆に災いと見なされ、そういう行いをした人間は 「掟破り」 という落印を押され、獄界の最も深い獄へと追放される。だからお前も慎みを忘れるな。いいか、手助けは人の成長に紡がるが、金を引き換えに救ってあげるなどという傲った気持ちで人と接する事など絶対にしてはならん事なのだ!!」

私はシラミクからそう言い聞かされていた。だから俗物的な考えはすぐに消えたけど、やはり自分が存在している理由を探す事は止める事が出来無くていた……
つづき

マイファミリー行きつけの、ローソン曙店でーす。
7月30日、31日にかけて沖縄全島(ローソン、ファミリーマート)での販売開始となりました。
でも、ホントにあるのかな?と思い市場調査にでてみました。
いつもお世話になっているローソン曙1丁目店の知念店長です。従業員の皆さんも、
とても親切にしてくれます。

この記事へのトラックバックURL
http://reenoehon.ti-da.net/t1646805










日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!